最新記事

毒の科学

トリカブトとアコニチン|日本三大有毒植物の科学

春の山菜採りの季節になると、毎年のように名前があがるトリカブトは、特定の一種ではなくAconitum属の総称で、日本ではドクゼリドクウツギと並ぶ「三大有毒植物」として記憶されています。

毒の科学

毒の進化|防御と捕食、盗用と共進化の科学

自然史系の特別展「毒」を歩くと、読者の頭にまず浮かぶのは「どれがいちばん危険か」より、「生きものはなぜ、こんな仕組みを持ったのか」という問いだと思います。この記事は、その疑問に答えるために、まずpoisonを食べたり触れたりして効く毒、venomを牙や針で注入する毒、

毒の科学

警告色と擬態|毒を持つ生物の進化戦略

林縁でスズメバチと、それによく似たハナアブを見比べていると、派手な黄黒模様は「きれいな色」ではなく、捕食者に向けた通信なのだと実感します。警告色は、有害性という二次防御を見やすい信号で正直に伝える戦略であり、その効果は捕食者が学び、似たパターンへ一般化できてこそ立ち上がります。

毒と医学

毒から薬へ|毒性のある物質が医薬品になる条件

毒はなぜ薬になりうるのか。この問いに答える鍵は、毒=悪、薬=善という単純な線引きではなく、用量・投与経路・標的選択性・規制という4つの条件にあります。非臨床安全性研究で用量反応曲線を組むとき、初期毒性兆候をどこで拾い、どの投与量をNOAELやLOAELとして切るかを詰める作業そのものが、

毒と医学

ボツリヌス毒素からボトックスへ|最強の毒が美容医療を変えた

ボツリヌス毒素は「最強の毒」とだけ語ると、本質を見失います。毒性学の実務でまず見るのは、何mgかではなく、どこに、どれだけ、どの経路で入るかという三つで、全身に回る中毒と、医師が局所へごく微量を打つ医療は、同じ物質でも意味がまるで変わります。 ボツリヌス毒素は毒と薬という二面性を持つ分子です。

毒と医学

トリカブトと漢方の附子|毒が薬になるまで

山菜と見分けを誤れば命に関わるトリカブトは、塊根を加工し、規格の中で管理すると、生薬附子(ブシ)として医療の現場に入ってきます。この記事は、毒草としての植物が、どうやって処方に組み込まれる医薬の素材へ変わるのかを知りたい人に向けて、その道筋を一本の線でたどるものです。

毒と医学

ジギタリスの物語|毒から薬、そして再評価

花壇では優美に見えるジギタリスは、ひとたび体内に入れば心臓に触れる毒でもあります。その危うい植物が、18世紀の観察医学から現代の薬理学へどう橋を架け、心不全治療の景色をどう変えたのかを追うのが本稿です。

毒の科学

パラケルスス|「用量が毒を決める」の科学史

製薬企業で毒性試験の設計に関わる現場では、同じ物質でも投与量だけでなく投与経路や曝露時期によって作用の様相が変わる事例が繰り返し観察されます。この現場感覚は、16世紀の医師・化学者・錬金術師パラケルスス(1493–1541)が示した「すべてのものは毒である」という格言の系譜とも響きあいます。

毒と医学

抗毒素と血清療法|北里柴三郎が開いた道

北里柴三郎を語るとき、主役は人物名だけでは足りません。焦点に置くべきなのは毒素そのものと、それを狙い撃ちで中和する抗毒素、そしてその抗体を投与して即効性を引き出す血清療法という発想です。

毒の歴史

解毒剤の歴史|テリアカからナロキソンへ

毒を打ち消す薬という発想は、宮廷で毒殺を恐れたポントス王ミトリダテス6世の多成分処方から、救急外来でナロキソンを静注し、呼吸が戻っても再沈静に備えて時計を見る現代の拮抗薬まで、一本の科学史としてつながっています。

毒の科学

毒性学の誕生|古代から21世紀までの科学史

毒性学とは、化学物質や医薬品、環境中の因子が生体にどのような有害反応を起こすのかを研究する学問です。これらの反応がどのような仕組みで現れるのかを、特に用量反応の視点を軸に読み解きます。

毒と医学

コノトキシンの鎮痛機序|MVIIAとジコノチド

海の捕食者であるイモガイは、数百種規模に広がる系統のなかで、多様な小型ペプチド毒コノトキシンを磨き上げてきました。その到達点のひとつが、ω-コノトキシンMVIIAの作用をもとに生まれ、2005年にFDA承認へ至ったジコノチドです。