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通仙散|華岡青洲が毒で成した世界初の全身麻酔
通仙散は、江戸時代の紀州の医師・華岡青洲が、猛毒植物チョウセンアサガオを主薬に調合した内服の全身麻酔薬である。1804年、45歳の青洲が60歳女性の乳がん手術を全身麻酔下で成功させた事実は、西洋のモートンによるエーテル麻酔公開実験より約42年早い。
クラーレの歴史|矢毒が近代麻酔を生むまで
クラーレは、南米熱帯低地の先住民がアマゾン川やオリノコ川流域で矢に塗ってきた黒褐色の矢毒調製物であり、竹筒・素焼き壺・ヒョウタンに収められるほど姿も組成も一様ではありません。
ピトフーイの毒|羽1枚で死ぬは本当か、唯一の毒鳥説の真偽
ピトフーイは、ニューギニア島固有のスズメ目の鳥で、羽毛と皮膚にホモバトラコトキシンをためこむ異色の存在です。図鑑で黒とオレンジの鮮烈な配色を初めて見たとき、警告色を追ってきた目には、これは毒がある鳥だとすぐ読めました。
アジサイの毒|犬・猫の誤食が危険な理由
アジサイは、日本の梅雨にもっとも身近な有毒植物のひとつである。6月の公園や民家の生垣でよく見かける花ですが、犬や猫にとっては誤食が中毒につながるため、見慣れた景色ほど注意が要ります。
チョウセンアサガオの毒|ゴボウと誤食する幻覚成分の正体
チョウセンアサガオは、ナス科の一年草または多年草として大きな漏斗状の花を咲かせ、夏の夕暮れには白い花が一斉に開いて甘い芳香が庭に満ちます。だが、その美しさの内側には強い毒性が潜み、全草が有毒で、とくに根と種子には取り違えを招きやすい危険が集まっています。
帝銀事件の毒は何か|遅効性の謎と青酸ニトリール
帝銀事件は、1948年1月26日に東京・帝国銀行椎名町支店で起きた戦後最大級の毒殺事件である。閉店直後、防疫班を名乗る男が「近所で集団赤痢が出た、GHQの消毒前に予防薬を飲んでほしい」と告げ、行員ら16人に薬を口にさせ、12人が命を落とした。
リシンとブルガリア傘暗殺|1mgの猛毒の正体
ブルガリア傘暗殺とは、1978年9月7日にロンドンのウォータールー橋近くで起きた、亡命作家ゲオルギ・マルコフの毒殺事件である。バス停で右の太ももに鋭い痛みを覚えたマルコフは、傘を拾い上げる男を目にし、その晩から高熱にうなされて4日後に死んだ。
ゲームの毒草は実在する|ウィッチャー・原神を科学で読む
ウィッチャーの錬金術素材に現れるWolfsbaneやCrow's eyeは、実在の有毒植物や伝承の名を借りた存在であり、ゲーム内の名前が現実のトリカブトやマチン、さらにその毒成分までつながっていると知ると、作品の見え方は一段変わります。
ナポレオンの死因|ヒ素毒殺か胃がんか毛髪が示す真相
ナポレオン・ボナパルトは、1815年のワーテルロー敗北ののちセントヘレナへ流され、1821年5月5日に51歳で没した皇帝です。翌日の解剖では胃の広い範囲に潰瘍性の腫瘤と穿孔が見つかり、公式には進行胃がんとされたものの、1961年に遺髪から桁外れのヒ素が検出されると、
和歌山カレー事件とヒ素─毒物犯罪と科学捜査の進化
和歌山市園部で起きた和歌山毒物カレー事件は、1998年7月25日の地区夏祭りで提供されたカレーに亜ヒ酸(三酸化二ヒ素)が混入し、食べた67人が中毒し4人が死亡した事件です。摂取からわずか5〜10分で嘔気と嘔吐が広がり、当初は食中毒、次にシアン中毒が疑われましたが、毒物専門家の検討を経てヒ素中毒と判明しました。
シェーレグリーン 人を殺した美しい緑
シェーレグリーンは、1775年にカール・ヴィルヘルム・シェーレが亜ヒ酸銅として合成した、銅とヒ素からなる鮮烈な緑顔料である。褪せにくく、ガス灯の下でさえ妖しく映えたその色は、古い緑の装丁本を手に取った瞬間に美しさへ引き寄せられ、次の瞬間には「これはヒ素かもしれない」と手を止めさせるほど、
毒見役と銀の食器|毒殺を防いだ知恵の歴史
毒見役とは、権力者の食卓に先回りして毒を受け止めるために置かれた役職であり、銀の食器は、毒の有無を見極めるために用いられた物質的な防御でした。歴史ドラマで毒見役が膳に箸をつけ、銀器が黒く曇る場面を目にすると、本当にそんなことが史実として通用したのか、史料と化学の両面から確かめたくなります。