最新記事

毒の歴史

和歌山カレー事件とヒ素─毒物犯罪と科学捜査の進化

和歌山市園部で起きた和歌山毒物カレー事件は、1998年7月25日の地区夏祭りで提供されたカレーに亜ヒ酸(三酸化二ヒ素)が混入し、食べた67人が中毒し4人が死亡した事件です。摂取からわずか5〜10分で嘔気と嘔吐が広がり、当初は食中毒、次にシアン中毒が疑われましたが、毒物専門家の検討を経てヒ素中毒と判明しました。

毒の歴史

シェーレグリーン 人を殺した美しい緑

シェーレグリーンは、1775年にカール・ヴィルヘルム・シェーレが亜ヒ酸銅として合成した、銅とヒ素からなる鮮烈な緑顔料である。褪せにくく、ガス灯の下でさえ妖しく映えたその色は、古い緑の装丁本を手に取った瞬間に美しさへ引き寄せられ、次の瞬間には「これはヒ素かもしれない」と手を止めさせるほど、

毒の歴史

毒見役と銀の食器|毒殺を防いだ知恵の歴史

毒見役とは、権力者の食卓に先回りして毒を受け止めるために置かれた役職であり、銀の食器は、毒の有無を見極めるために用いられた物質的な防御でした。歴史ドラマで毒見役が膳に箸をつけ、銀器が黒く曇る場面を目にすると、本当にそんなことが史実として通用したのか、史料と化学の両面から確かめたくなります。

自然界の毒

キョウチクトウの毒オレアンドリン|街路樹に潜む猛毒

キョウチクトウは、インドから中近東を原産とするキョウチクトウ科の常緑樹で、戦後日本では街路樹や公園樹として広く植えられてきた植物です。夏の街路や公園で群れて咲くプロペラ状の花は目を引きますが、その全身には強心配糖体オレアンドリンが潜み、見慣れた景色と毒性の落差がこの植物の第一の特徴だといえます。

自然界の毒

身近な毒草20種|庭と公園にひそむ有毒植物

毒草とは、庭や公園、散歩道の植え込みにまで入り込んでいる身近な有毒植物の総称である。スイセンやトリカブト、キョウチクトウのように見慣れた花ほど強い毒を秘め、白石環のような自然観察の現場では、まず生活圏のどこにそれらが潜んでいるかを確かめるところから話が始まる。

毒と文化

忍者と毒|トリカブトを塗った手裏剣と忍術の薬学

忍者の毒は、黒装束の暗殺者が手裏剣に毒を塗って敵を倒す、という単純な図ではありません。十字手裏剣の実戦使用を裏づける一次記録は乏しく、近代以降の漫画・アニメ・ゲームが形づくった像が多くを占めますが、毒草の知識や武器への毒塗布そのものは、忍術書や伝承に確かに残っています。

毒と文化

マンドラゴラの伝説と毒の正体

マンドラゴラは、地中海東部原産の多年草で、学名は Mandragora officinarum といいます。ナス目ナス科マンドラゴラ属に属し、中世ヨーロッパでは引き抜くと悲鳴をあげ、聞いた者が発狂して死ぬ毒草として語られてきました。

毒物図鑑

マンダラトキシン|オオスズメバチだけの神経毒

オオスズメバチの毒とは、Vespa mandarinia がもつ毒液であり、1982年に前シナプス作用性神経毒として精製・命名されたマンダラトキシンを含む複合毒です。1回の攻撃で注入しうる毒量は約1.1mgとされ、キイロスズメバチの約0.4mgのおよそ3倍に達しますが、鍵になるのは量だけではありません。

毒の歴史

プリニウスの『博物誌』と毒物の記録

『博物誌』は、古代ローマで大プリニウスが完成させた全37巻・2万項目の百科全書であり、天文から動植物、薬草、鉱物までを一書に集めた巨大な知識の保管庫です。1000余部の文献を突き合わせて編まれたため、単なる知識の寄せ集めではなく、観察と整理の執念がそのまま形になった書物だと読めます。

毒の歴史

毒殺の世界史|古代から現代まで暗殺に使われた毒

国立科学博物館の特別展毒と法医学史の史料を照合すると、展示と学術文献が一致する点と、伝承が膨らんで実像が掴みにくくなる点が共存することがわかる。本稿は古代(ソクラテスの毒杯)から近代(1836年のマーシュ試験)、現代(リトビネンコ事件とポロニウム210)までを横断的に概説し、

毒の歴史

ソクラテスの毒杯|ドクニンジンの作用と処刑の真相

プラトンのソクラテスの弁明クリトンパイドンを注釈付きで通読し、死の場面へつながる接続の運びを研究ノートで追っていくと、あの最期は「自ら死を選んだ哲学者」の美談だけでは収まりません。

毒の歴史

ボルジア家とカンタレラ|砒素伝説を検証

ボルジア家とカンタレラをめぐる話は、ルネサンス宮廷の陰謀劇としてあまりに有名ですが、史料を開くと出てくるのは意外なほど大きな空白です。カンタレラは史料上、成分不明の毒としてしか捉えにくく、砒素系、とくに三酸化二砒素(As₂O₃)を思わせる点はあるものの、そこに確証の印を押せる段階ではありません。